Daruma And I

  • Uploaded by: Kase Hisawo
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  • Words: 139
  • Pages: 4
   

だるまさんと私

 暮れも押し迫ったころになると、一人暮らしは何となく世の中の騒がしさから取り残さ れた気になるなーと、私はしみじみ駅前の商店街をながめていた。正月用品とか年越しそ ばとか実家にいたころは気がつくと家にそろっていたけれど、実際自分でそろえるのは手 間もお金もかかるので今年は何もしていない。年末くらいは景気よくいきたいという商店 街の意気込みはわかるけど、クリスマスが終わったとたん街灯にぶら下げていた鐘をお供 え餅に無理やりするのは何か貧乏臭いと思ってしまう。とは言え、珍しく7時前に駅に着 き、ちょうど風邪薬とビタミン剤を切らしていたことを思い出した私は、とりあえず目に ついた薬局に入った。  薬局のレジでおつりをもらうとき、レシートと見慣れない券を渡された。 「あの角の右手が抽選会場ですから、よろしかったらご利用くださーい」と、たぶんアル バイトである女の子の店員さんに言われてやっと、ああ、福引きかと私は納得した。福引 きなんて小学校以来やったことなかった。もともと私はくじ運がいいほうじゃないし、賞 品も米や自転車やトイレットペーパーと、魅力的とはあまり言えなかったし。けれど、そ のとき私は鼻詰まりを抱えて頭がぼーっとしてたから、オレンジの光とにぎやかながらが ら音に満ちたその一角があったかそうだなと、ふらふら足を向けていた。  近づいてみると抽選所はそんなに活気があるわけではなかった。今もこういうのに燃え て券を何十枚も抱えてくるおばさんとかいるんだろうかと思ったが、見たところ子供づれ の30代前半のお母さんと、サラリーマンとかの「小口」の人ばかりで、すぐに私の番が 来てしまった。 「はい、1回分ね。時計回りで回して下さいよ」  やけに威勢のいいおじさんがテンポよく券にスタンプをおすと、おなじみのオレンジ色 のガラガラを示した。そういえば私この道具の正式な名前知らないなーと、「特賞ソウル 3日間の旅」という張り紙を見ながら、ざっざっとガラガラを回した。回した勢いでぐる んともう一度上がりそうになる寸前、ころんと灰色の玉が出た。 「おっ、これは珍しいのが出たぞ」どうやら何か当たったらしい。ところが張り紙には灰 色の玉の絵はない。 「あのー、これ何等なんですか?」「これはね、0等だよお嬢さん」  そのおじさんの一言で、ざわざわっとその場にいた人たちがざわめいた。「これ出たの 何年ぶりですかね」「この3、4年はなかったよな」「この子が出したの?」  何やら異様な雰囲気が広がりつつあるので、私はだんだん不安になってきた。どうやら よっぽどめったに出ないものらしいが、変に注目を浴びるのはいやだった。 「あの、私、やっぱりいいです。急ぎますから」そう言って逃げようとする私をおじさん はあわてて引き止めた。「とんでもない、これは縁起いいよ。おい、あれ、持って来い」  そして、商店街の組合の仲間らしいもう一人のおじさんが、抽選所の裏手から、何やら 大きな箱を持ってきた。 「しっかり持って下さいよ」そう念を押されて箱を渡されると、私は初めて目の前でガラ

ンガランとベルを鳴らされた。厄介なことになった。  仕方なくアパートに箱を持ち帰った私は、おそるおそる蓋を開けてみた。赤いボールら しきものが見えた。両手でそれを引っ張り出す。大きなだるまだった。 「何これ。これが0等なわけ?」  あまりにも役に立たない賞品を前に私はがっかりして熱も上がったらしい。結局次の日 私は風邪をこじらせて会社を休んでしまった。 「おい。生きてるか?」  朝薬を飲んでから布団で寝ていた私は、誰かに起こされたような気がして目が覚めた。 声が聞こえたときはテレビか何かだと思ったが、起きてみるとテレビはついていなかっ た。 「誰か来たのかなあ」郵便受けものぞいたが何も入っていなかった。一瞬、ほんの一瞬、 ひどくこわい想像をして私はだるまを見たけれど、だるまは箱から出されて白目のまま、 部屋の隅に置いてあった。何も変わりはない。気のせいかと私は気を取り直し、鍋でお粥 と卵みそを作ってお昼にした。  お粥を食べながら少し頭が冴えてきた私はテレビの選挙速報を思い出した。確か当選確 実になった候補の人が大きなだるまに空いていたもう一方の目をうめていたのを見たこと がある。だるまは縁起物だから願掛けに片方だけ目を描いて、それが実現したら完成させ る仕組みなのだろう。ふつう正月にやるものじゃないかなと思いつつも、あのだるまにど んな目を描こうか私は考えていた。 「ペコちゃんみたいな目でも描いちゃおうかなー」「おまえ、おれにウインクでもしろっ て言うのか?」  何となくつぶやいた私の声に、今度は間違いなく男の声が答えた。私はぐるりと部屋を 見回し、そーっとだるまを見た。だるまは何も変わりないように見える。私はごろんとだ るまを転がした。だるまはぐわんと起き上がって元に戻った。変化なし。  私はマジックを手にして、向かって左の空白の真ん中にぽつんと小さな黒点を置いてみ た。四白眼。その顔がおかしくてぷっと吹き出すと、その目がつつっと動いた。「おま え、本気で願掛けやる気ないだろ」  私はぎゃあと叫んでだるまを放り出した。「いてっ」片目のだるまは壁にぶつかるとご ろごろ二回転して、ぴたりと起き上がった。 「やっぱり、しゃべってる・・・」 「なんて乱暴なやつだ。しかもこんな小さい目じゃろくに見えないだろうが」  呆然としたままの私をしり目にだるまは怒ってぎゃいぎゃいわめいていた。  結局私はマジックでぐりぐりふつうの黒目を描いた。ペコちゃんの目にしたら何を言わ れるかわかったもんじゃない。ようやく現実に向き合えるようになった私は、だるまに素 性を聞いてみた。 「あなた、いったい何なのよ」 「つまり在庫処分ってやつさ」  あっさりだるまは答えた。曰く、昔だったら駅前に露店でだるまを売ってたりしたが、

門松のように松の内が終わってすぐに捨てられる代物でもないし、場所もとられるので今 はさっぱり売れなくなったらしい。とは言え、まだ使われていないだるまの処分にも困っ た商店街の組合が考えたのが福引きだった。 「え、じゃあ0等っていうのは」「だから直前に決めたから、臨時に作ったのさ」  まるでバザーかフリーマーケットである。やっぱり立ち寄るんじゃなかったと私は落ち こんだがだるまはいたって元気である。「あんた願い事はないのかよ。これも縁だし叶え てやってもいいぞ」  なんとも横柄な言い方に私は腹が立ってきた。 「そんな大きいこといってるけど、本当に実現できるの?」 「まあな、ただし条件はある」  だるまはそう言って片目だけでぎょろりとこちらを見た。 「一つ、一度に大きな変化が必要なのはバツ。七転び八起き。こつこつ積み重ねが基本だ から。二つ、有効期間は一年間。次の正月に神社に納めるのが決まり。三つ、願いが成就 したら目は必ずうめる。これではじめて契約終了となる。で、どうする?」  「えー、じゃあ宝くじ当てるのはダメなんでしょう?」 「小金狙いならいいぞ。毎回5千円づつ当たるくらいならな」 「けっこうみみっちいこと言うのね」うーんと私は悩んでしまった。 「それとも今十分幸せな生活送っているのか。お守りの類ならたいていのものは可能だ ぞ」 「そういう訳でもないんだけどねー」  私は結局そのとき願い事を思いつけなかったので、夜まで待ってもらうことにした。現 実にあり得ないようなことが起きて寝込んでいるのもばからしくなったので、仕方なく着 替えて部屋の掃除を始めた。一応大掃除のつもりで窓拭きやコンロの汚れ落としもした。 「しかし殺風景な部屋だな」「悪かったわね。シンプルがモットーなの」  でも確かに部屋にあるものは引っ越してきた当時とあまり変わっていない。そもそも部 屋に一日中いること自体珍しい。通勤には一時間位かかるし、帰りも外で夕食を済まして しまうから、帰宅する時間も遅い。あの商店街も私が歩くときはコンビニ以外シャッター が閉じたままの時間帯ばかりだし、ましてや近所つきあいなんて全くないといっていい。 「私、この町のこと何にも知らないんだなー」  何気なく言った私の一言。それにだるまの黒目がぎゅっと広がった。「おい、それいけ るんじゃないか?」 「え?」 「だから、この町のこと知りたいんなら、それ願い事にすればいいだろ?」 「何それ。そんなのあなたにやってもらう必要なんかないわよ」 「じゃあどうして今まで知らないままだったんだよ。はっきり言うけどこの部屋ただの寝 る場所にしか見えないぞ。生活感がぜんぜんないし、風邪で寝込んでも頼れるやつがいな いなんて、隠居よりもたちが悪いぞ」  だるまに痛いところを突かれて私は言い返せなかった。

「・・・いい結婚相手連れてくるとかは?」しゅんとしながらも私はささやかな反論をして みた。 「だから大きな変化はダメだって。もしできたとしても、今のあんたじゃ家事と育児です ぐに煮詰まるぞきっと」  だるまはずばっと切り捨てたが、その口調はさっきよりもいくぶん和らいでいた。 「なあ、どうせただで拾ったようなものなんだから、それでやってみないか?ちりも積も れば山となるし、来年の今ごろにはもうちょっとここも居心地いい所になるって。あんた はいつも華やかなところばかり見たがるようだけど、案外こういう場所も捨てたもんじゃ ないって」  片目のだるまにこんこんと諭されて、私は結局願い事をそれに決めた。うまく丸め込ま れた気もするが、確かにそれは本当はどこかで誰かに言ってもらいたかった言葉だった。  それから数日後の12月30日。私はだるまを玄関に置こうとしていた。何でも入り口 に近いほうがだるまには都合がいいらしい。今年も明日で終わる。 「あなた本当の出身はどこなの?」私は気になっていたことをだるまに尋ねた。 「日本橋は馬喰町、人形屋米松七代目吉田直道の作さ」  やけに人情家っぽいと思っていたが、やはり、だるまは江戸っ子だった。 「昨日、商店街に行ってみたら、あの福引きのおじさんが八百屋にいたの。そしたら私の 顔覚えてた」  あんな売れ残りのだるま強引に若い子に押し付けてすまなかったと恐縮されて、こっち がびっくりしてしまった。 「おわびにみかん安くしてくれたから買い込んじゃった。これだとお正月中もつわね」 「だから言っただろ。少しづついい所が見えてくるって」  くすくす笑う私にだるまは墨で描かれた鼻の穴をふくらませ

ることはしなかったけ

ど、ふんと言った。 「残り物には福がある、のさ」                               

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