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エリック・カニングハム ハワイ大学・人類学部 京都大学大学院人間・環境学研究科 山田研・研究留学生 06.25.08
将来への道を探している王滝村: 現地調査の経 過
はじめ 王滝での調査期間はまだ短いにも関わらず、予想以上に王滝のコミュニティ、文化、環境の 洞察は成果をあげている。調査は初期段階で、まだすべきことは沢山あるが、この発表では 経過を報告し、初期のテーマ、仮設を提示し、それから、今後調査する場面を説明する。まず、 王滝の背景を簡単に述べ、次に、今までに用いた方法を説明する。その後、調査で明らかにな っているテーマについて話し、最後に、調査し続けたい仮説を提示する。 背景 最近、NHKで提供された番組では王滝を「追いつめられた村」と呼び、日本の地域社会の中 で最も苦しい財政状況にある村という事実を示唆した。NHKの王滝村についての評価は いくつかの意味で正しいと言える。一つ目は、地理的に王滝は御嶽山の山麓に通じる長い渓 谷の奥に位置している。細い曲がりくねったたった一本の道が、王滝と一番近い小さい病院、 駅、スーパーがある木曽町とを結んでいる。この重要な道の存在によって、王滝は社会的に 木曽谷や長野県の方に方向づけられているが、現在の王滝村の西の境に位置する岐阜県の 人々と交流があるという事実によると、今の方向づけが以前から唯一のものであるとは言 い難い。二つ目は、環境的に言えば、王滝の面積の 95%は森林地から構成されている。とい うことは、大規模な農業や他の職業のために利用する場所はほとんどないということにな る。王滝の森林地の 86%を日本政府に所有され、管理されている限り、王滝の環境は政治的 な意味合いでも考えられるだろう。 最後に、経済的に、王滝が度重なる外部からの影響または決定に翻弄され続け、追いつめら
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れたという事実もある。60 年代から増加し始めた日本の海外材木の輸入により、国内材木 の価格が急落し、王滝村に繁栄をもたらした林業ブームは事実上終わった。日本の経済成長 が始まっていた最中、自由に使える自然資源が少ない王滝は、より広い全国の傾向のなすが ままに翻弄され、不安定な将来との直面を迫られた。1981年には牧尾ダムの完成によっ て、王滝村に多大な財産がもたらされ、それが王滝の将来の道標ともなった。しかし、王滝が ダム建造により得た財産によって建設したスキー場は、赤字に引き込まれつつあり、当初恵 みとして考えられた対策が、今となっては裏目に出てしまったと言える。2005年、回り の村々が木曽町に合併する際、王滝のみがスキー場借金からなる財政難を理由に拒否され た。また、小泉大統領の下で推進された国家の再編成が重なり、莫大な借金を抱えるこの小 さい山村は、よりひどい苦境に立たされる事となった。現在の村政府職員は減給を強いられ ながらも、王滝を安定し、自立した村にするため懸命に働いている。 現在の王滝 現在の王滝を、定義するのは困難である。この村は過渡期に面しており、過去になされた判 断により残された課題と、それによる影響の対処に追われている。それと同時に、将来への 道を模索しているのである。王滝村は、地理的には、大部分が変わらずに、過去のまま保ち続 けられている。現在においても、310.86 平方キロメートルの村面積に対して 295.85 平方キロメートル(95%)が森林地なのである。 人口統計学的に言うと、王滝は激変している。王滝の人口構造は日本中の田舎の例にならい、 高齢化とともに総人口が減少しているのだ。王滝の現在の人口は 995 人で、1980 年の 1,768 人からかなりの減少を示している。同期間で村民の高齢率が 32.4%にまで上がり、 王滝での主要な産業となる、観光事業は続いているにも関わらず、御獄信者やスキー客を含 む観光客数は年々減少の一途をたどっている。観光の続く次は、大部分、村外の製造業に頼 っており、最後が農業となる。このパターンは、高齢の村民が農業を受け持ち、村に居る若い 家族の一員は、家庭外、村外での仕事を受け持つという風になっている。 現在、経済的に、王滝は困難を抱えている。2008 年度の王滝の予算の 4 分の 3 が行政や財政 の事業に予定されており、4分の1は借金返済に用いている。そのため、村に残る予算では、 ごく基本的なサービス(公衆衛生、保健、教育など)しか補えない。また、役場の職員の減給、 社会的、文化的、教育の活動の予算も削減されているのが現状だ。 初期のテーマ
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今までのインタビューデータからいくつの共通テーマが出てきた。しかし、比較的に資料が まだ少なく、分析が終わってないので、このテーマは予備であり、まだより詳細な調査を必 要とする。
過疎化 行った大部分のインタビューから出てきた主なテーマは過疎化ということだ。王滝村民の 立場からすると村を直面する問題、心配の原因になるものは過疎化と言えるだろう。もちろ ん、人口統計データはこの心配を裏付けるのだが、何人かの参加者は過疎化という現象につ いて「寂しい」などという言葉を使い個人的に話していた。 インタビューで村民は滝越という地区もよく口にした。滝越は王滝中心から西へ 12 キロ離 れた小さく孤立した渓谷に位置しており、たった一本の王滝川に沿った曲がりくねった狭 い道でしか行くことができない。現在、滝越には約 15 人の住民しかいない。 この村民の中の、30 代のIさん夫婦の間に産まれた3歳の娘は、32 年ぶりに滝越で生まれ た子供となる。Iさん以外は、滝越住民の全ては夫婦、または単身の高齢村民のみで生活し ている。滝越には、診療所、郵便局、店がなく、滝越地区へ行くバス運行も閉鎖されてしまい、 陸の孤島となっている。 滝越は以前からこのような静かな地区ではない。過去、大勢の人々が仕事のために滝越へ来 ていた。戦前、滝越の西で岐阜県境に位置している三浦ダムを建設するため、または、1970 年代までは、滝越から木曽谷にある上松まで通っていた林道鉄道により伐採した木を運ぶ ために、滝越に多くの人々が集まった。しかし、その時代は過ぎ、大勢の人々が去ってしまっ た今、滝越には、将来を担うにはわずか過ぎる経済と自然資源のみが残される結果となった のだ。私はインタビューした人々が滝越について話すのを聞き、滝越が普遍的に曖昧な王滝 全体の将来の象徴、縮図として存在しているという事を感じた。 インタビューでは、過疎化という問題に対しての具体的な解決策はあまり聞いていないが、 問題が経済活発化の機会の不足により追い立てられているという一致した意見が出ている 。 いわゆる、働く場所がないのだ。インタビューした何人もの人が、ある企業を村に推進する 事について話していた。しかし、この課題は、村が抱える経営難の根源ともなる王滝のスキ ー場経営の大失敗を、身を持って体験した村民の感覚によって形づけられる。王滝村民は、 希望通りの利益を生まない企業への多大な投資による経済的、生態的、社会的な危険性また は痛手を知っているのだ。 よって、王滝の将来にとっての最良の選択は村独特の文化的、ま
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たは自然的な資源を生かすという事だという一般的なの感覚があるようだ。
資産の認識 今までのフィールドワークから出てきた二つ目のテーマは王滝独特の文化的、または自然 的な資産についての愛着や誇りというような感覚なのだ。歴史的に王滝の最重要な資産は 日本で唯一の霊峰である御嶽山との関係、または、山への入口としてのステータスというこ とだろう。王滝の人々の一部分の中では歴史的な研究や講座、それから主な歴史的な道、記 念物、場所などを開発に用いるために、この歴史的な関係を強調し、まず村民の中から認識 を高めようとする努力がある。また、もう一つの観光再生協議会と呼ばれるグループは王滝 の文化的な資源、例えば地元の料理、または村の美化活動によって自然資源を開発するとい う目標によって結成されている。 今、この新しい活動は、王滝の村営スキー場建設と経営難が原因となった現在の財政危機に 対する反応として、出てきているのではないだろうか。王滝村民がより広い社会政治的な勢 力に刺激される林業やスキーという企業に頼るよりも、歴史的に村を支えた資源に頼った 方がいいという意識が高まっているようだ。
緊急性 最後に、今まで行ったインタビューにより王滝村民の村を再生するために何かしなくては いけないという緊急性意識を持っているという事を感じさせられた。だがそれと同時に、今 まで話した参加者たちは、今後具体的にどうすればいいかがはっきり分からないようなの だ。王滝の主な関心が財政の健全さを確保すること、いわゆる借金返済だという一般的同意 を得られているようだ。しかし、新しい経済活発化を促す機会を開発するという強い希望も 聞いている。この 2 つの認識されるニーズが綿密に繋がっているので、村民がその努力をど の辺りに焦点を置くのだろうかという疑問が生じる。現在、村政府の注目は財政責任で借金 返済ということであるようだ。だが、私の今までの調査は、村民が持っている多様なニーズ、 心配、それから希望を指摘しており、これらにもまずお金が必要なので、今のアプローチを いつまで続けられるのだろうという思いもある。 さらに詳細な調 査するトピッ ク 王滝は今、予断を許さない事態ではあるが、今までの王滝での私の経験に基づいて、今後さ らなる研究を要する3つの主要な研究テーマが明らかとなった。一つ目は、たくさんの王滝 村民が以前当然だと思われた回りの自然に対する愛情や尊敬を生かすような活動を明確に
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表現してきている。二つ目は、村民によってきれいな空気、おいしい水、豊かな自然、スロー ライフ、涼しさ、それからフレンドリーな雰囲気を含む王滝独特の自然的、文化的魅力の価 値に対する再認識だ。一部の村民の中には、経済的基盤を造るために、この魅力を地元で開 発する希望がある。最後に、trope と呼べる「観光」は、村の開発の中心となるだろう。
自然の価値に対して新しい意識 私が話している王滝村民はよく自然環境に対する尊敬を表現し、自然の価値について美的 な言葉で使う。多くは王滝へ移住した中年村民がこういう考え方を気楽に表し、よく初めて 王滝に惹かれた理由として口にする。しかし、年寄りの地元の村民がこの自然に対する美的 価値や意識は、最近の現象かのように話している。私に説明してもらった限りでは、自然に 対する愛情や尊敬は小村にずっと存在していたが、当然の事としてあまり認識されなかっ たということだ。よって、この意識を「新しい」と呼ぶ事は誤解を招く可能性もあるが、この 意識が過去よりも広がっていると言えるだろう。 この傾向に対する確かなデータがないと原因を確実に同定するのが難しい。しかし、自然に 対する意識の発展のいくつかの原因を仮説として取り上げることができるだろう。最初に、 過去1世紀に広がっている国家的また国際的な環境意識が、王滝の地元レベルでこの意識 を引き起こし、表現するようになった一因となっている。二つ目は、増加している都会から 王滝へ移り住んだ若い住民が、恐らく自然環境の意識への一因となっているのだろう。この 広大な自然環境が、若い移住者を惹き付け移住の最大の決め手となった事に加え、この若い 移住者の何人かが王滝でカヌーや山菜取りを提供するツアー企業を始めたので、自然環境 についてのディスクールに、村は経済的に頼っている。 この増加している自然環境意識への強調にもかかわらず、今までの経験と、王滝の村面積の 大部分が国有林から成り立っているという環境的、生態的な事実が、自然環境意識と並行し ていない。 それどころか、国有林が王滝村に関係ないように、距離感をもって話されている のも事実だ。国有林が村の生活に歴史的な役割として認識されているけれども、強調される のは生活の糧となった林業、または、村を走っていた森林鉄道という経済的や社会的な場面 のみである。要するに、国有林は国の物として考えられているので、管理の決定権がない村 民は、国有林が地元の環境の健全さに多大な影響を与えるのにも関わらず、国有林の管理へ はあまり考慮せず、無頓着な感覚である。ここで指摘すべき点は、この見解は私の研究の重 要な場面ともなる点で、自らの地元の自然資源の管理に対する関心の形付けられ方という 点である。
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地元の基盤から地元の開発 近い将来までに王滝の存続を可能とする新しい経済基盤を見つける事がすべてとはいえな いにしても、それが、ほとんどの住民の最大の関心であり不安でもある。今までのフィール ドワークは、最近の村における経済推進に関する談話や努力の、観光客を惹き付けるための 王滝の自然的、または文化的な資源を開発する村民の意識、活動への関連に注目している。 例えば、私が参加した開発の活動は御嶽山学習講座、料理開発の勉強会、それから花畑の整 備作業を含む。 王滝村民の中の、この地元の経済基盤の開発に関する新しい注目すべき一因となるものを いくつか仮定する。一つ目は、林業から始まりスキー場で終わる村の外から生じる経済活動 の王滝の独特な歴史を顧み、地元の経済統制の重要性が村民の意識の中に広がりつつある という事だ。二つ目は、王滝の不便な場所と設備の不足のため投資が、特に、工場という形で の投資が外から来るのが不可能であるという事を認識したという点である。最後の要因と しては、上記に書いた新しい環境意識ということだ。この意識は王滝の文化的な特徴に新た な関心を呼び起こし、これを大切に守っていく事こそが重要だという意識を深めている。 これらの前向きな動きにもかかわらず、地元の開発への努力はまだ大きな成果を生んでい ない。いくつかの経済的、政治的、社会的、地理的からの束縛が一因となっているからかもし れない。一つ目は、村政府が観光における設備改善への大きな投資を嫌うという姿勢にある だろう。この姿勢は、観光推進のための投資を行うはずの村営スキー場が破綻寸前で現在の 経済的苦難を招き、その克服に現在の財政が皺寄せを受けている事態から生じている。二つ 目に束縛されることは、王滝の村面積の大部分が国有林か貯水池から成り立っている事実 から生じ、住民がこの面積を好きに開発する権力がない訳である。このような社会的束縛も 王滝での開発への行く手を塞ぎ、開発への妨げの一因となる。何人かの参加者が村の中での 派閥争いと経済開発に対する一体性を図る難しさについて語っている。 また、リーダシップの不足も一因になっているだろう。2005年に隣の町と新しい木曽町 に合併の失敗によって、村が抱える莫大な借金と財政状況が初めて村民に明らかにされた。 その後、村民が村政府に対しリコール運動を起こした。この事件によって、王滝村民による 村政府への信頼は大きく揺るがされたので、村民は村政府からの指導という役割をあまり 望んではいない。最後に束縛されるものは、地理的要因である。地方の中でも王滝は孤立し、 非常にアクセスしにくい。よって、観光客に遠く離れた王滝まで来てもらうよう努力を促す のが困難だ。最近のガソリンの価格高騰により、より困難になると予想される。
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観光という trope をナビゲートする事 王滝村民が、観光に基づいて経済活動を開発するにあたって、新たな障害や挑戦に直面して いくはずだ。王滝の山あり谷ありの経済的、社会的、政治的、生態的にも変化の多い歴史から、 今の村民の決断が、将来の村の発展または村の破綻、どちらにも転び得うる可能性があると いう事を認識せざるを得ない。 今後、観光の国内市場にアクセスしようとしつつも、王滝 村民が大きな変化もなく、それでいて破壊せずに、これまでの村の独特な文化的、自然的な 資源を推進する方法を考慮するのが最重要であると主張したい。と同時に、将来問題になり 得るような構造の作成を避けるよう、できるだけ、今の決定から繋がる社会的、経済的、生態 的な影響、結果について慎重に考慮していく事が必須となっていくだろう。 結び この王滝でのフィールドワークの初期段階では、確かな結論を下ろすことが難しい。この発 表では、調査によって考え始めている疑題の概説を記した。 発表したテーマを考え、システム分析とレジリアンスという理論が、王滝での環境と共同体 の長期健全を考慮する経済活動の企画と開発に有益であると提案する。私の研究の大事な 部分というのは、受け入れてくれた共同体の現場で問題を解決するのに、知恵を応用する方 法が見つけることだ。そういう訳で、今までのフィールドワークが王滝の健全さや回復力を 増やせる活動を企画と実行するために応用する脆弱性、能力、ニーズ、希望などに関する地 元に基づくモデルを作り上げるためにデータを集めることに重点を置いている。